線が細い人の日記

うつ病を患い無職に→社会復帰しました。

妹の結婚式・披露宴

毎日深夜近くまで残業が続き体調不良に陥っている。今週、風邪のような症状が出てきて毎日咳き込んでいる。今日は出勤日だったが特別休暇をもらい、妹の結婚式と披露宴に参列するために早朝から辛い体を起こし、朝一の特急で現地に向かった。

ここ数年、親族が集まる場に顔を出すのに抵抗がある。結婚していないことに関して何かと非難されたり永遠と質問が続くからだ。この日はおめでたムードだったが、結局俺の話になってしまう。誰の顔も直視出来ない。

 

結婚式が始まる。以前、記事で触れたけど兄妹仲が悪い。妹には申し訳ないが殆ど何の感情もわかない。最低の兄だなと思う。目の前で進行している式を淡々と受け止めていた。祖母2人は途中から感極まって泣いていた。2人とも80歳半ば。長男ということで小さい頃からすごく可愛がってくれたのに、俺は2人に晴れ姿を見せられないかもしれない、とその場に居合わせた人間の中でおそらく一人だけ違うことを考えていた。うれし泣きしている姿を見て、俺は逆に申し訳なさと不甲斐なさで悲しくなった。

 

披露宴が始まる。せっせと写真係を行う。また、得意ではないが妹の職場の人や友人達に注いで回る。来賓の1/3が妹とその旦那の属している大学サークルのメンバーだ。卒業して社会人になっても参加している者も多数いる様子。…羨ましいな。俺には交流の続いている大学時代の友人は2人だけ。うち一人は高校の同級生だから実質1人か…。大学時代、部活動やサークル活動に一切背を向け、学業を放棄してアルバイトにいそしんで散財し、挙句の果てには中退に至った。学歴でハンデを負い、その後散々な目に遭ったのは勿論、こういった沢山の仲間との交流経験も皆無。取り返しのつかないことをしたという後悔の念と、埋めようもない虚無感が入り混じる。

注いで回った時の会社の同僚や友人達の反応が「あ、お兄さん…。」みたいな感じで微妙だった。俺は決して良き兄ではなかった。多分、これまで幾つもの兄らしからぬエピソードをこの人たちは耳にしているのだろう。うつに陥って無職になったことも聞いているのかもしれない。ビール瓶をもつ手が少し震える。最近、コップを持つ手が少し震える。妹の友人達から「お兄さん、そんなに緊張しないでw」などと言われてしまう。

 

妹とその旦那のエピソードが場内に流れる。どうやら学生時代から通算して10年以上も関係を続けていたらしい。全然知らなかった。卒業後は遠距離だったということになる。年に数回、大学時代のサークル仲間と旅行しに行く、といって出かけていたのは知っていた。もちろん本当にサークル活動も兼ねていた時もあったのだろうが、写真を見る限り二人で旅行をしていた時もあったようだ。

妹の義理堅さに俺はすっかり感服した。そして小さい頃から理由もなくバカにしていた妹は、もう何もかも俺が及ばない存在になっていた。いつも母親べったりで二人でコンサートや旅行出かけていたから、全く結婚する気配などないと思っていたが、俺とは好対照で人生を楽しんで歩んでいた。同じ屋根の下で住んでいた俺はなんて薄っぺらい人生を歩んでいるんだろう。悔しいとか悲しいとかを超えて何の感情も出てこなくなった。

 

披露宴が終わる。間近で接触する機会がなく、結局兄妹で一度も会話を交わさずに終わった。一言「おめでとう。」ぐらい言ってやればいいのに。俺って何なのかな。参列者の多くがまだ余韻に浸っている中、電車の時刻が近づいていたので親族に挨拶して静かに立ち去った。

帰り道、車を停めた会社の駐車場に着く。今日一日休んだことが少し不安になって自分のデスクを見に行ってみると、会議の資料は付箋だらけで郵送物が山積みになっていた。何のやる気もしない。式で妹とその旦那が参列者にばら撒いていた菓子を部下のデスクに配って帰った。